【宇部線BRT化】宇部線は本当に廃止されるのか?



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  宇部線について



宇部市の西郊に位置する山陽本線の宇部駅から南へ進み、市中心部にある宇部新川駅から、市東郊の丘陵や田園地帯を経て新山口駅までを結んでいる。

宇部市内間の近郊輸送と、宇部新川駅からそれぞれ、宇部駅以西・新山口駅間との都市間輸送を担っている。 全列車が普通列車で、宇部新川駅からは、山陽本線の、下関・厚狭駅までは直通列車がある。

かつては石灰石輸送が盛んであり、宇部興産梶iセメント工場)などへの支線が数多く存在したが、1975年に宇部興産道路(宇部・美祢高速道路)が開通して以来、漸次的にトレーラー・トラック輸送に切り替えられてきた。

戦前からの電化路線だが、駅間距離が短く最高速度も85キロと遅いため、宇部新川〜 新山口間では、山口宇部道路(無料の自動車専用道路)経由の特急バス(宇部市営)を利用する方が早い。

しかし、2003年からしばらくの間運行された「のぞみリレー号」(宇部新川から新山口まで途中、床波と阿知須のみ停車)は、最短32分と、特急バスの約40分に速度では対抗できた。

利用が堅調だった1970年代には、宇部〜東新川の複線化や宇部新川駅ビル建設計画などがあったが、旅客輸送・貨物輸送の減少や、特に駅ビルは地元との調整が上手くいかず(同意が得られず)、実現に至っていない。

利用は、年々減少し、最盛期の1965年に比べると、乗降客は90%程度の減少と大幅減となっている。
近年、公立高校の全県1学区制の導入などにより、遠距離通学の学生が増えたため、多少下げ止まっているが、通勤・用務利用者は今なお減少中である。

なお、2019年1月15日に、宇部市の久保田市長が、記者会見により、宇部線の廃止・バス転換「BRT化」を表明して、各界に波紋を広げている。

1914年 宇部軽便鉄道によって宇部〜宇部新川間が開業
    (宇部興産鰍フ創業者 渡辺祐策が総代発起人となり会社設立)
1925年 宇部〜宇部新川〜小郡間全線が開通
1929年 全線電化
1943年 宇部鉄道全線が国有化 宇部新川が宇部に、宇部が西宇部に改称
1964年 宇部が宇部新川に改称、西宇部が宇部に改称
1981年 新型国電105系電車が配置
1987年 国鉄分割民営化
1990年 宇部新川鉄道部の発足
1992年 全線でワンマン運転開始
1999年 宇部新川〜小郡間でワンマン化を拡大
2002年 合理化により、月1回保守工事のため日中運休制を導入(最大4時間程度)
     同時に、減便・短編成化、宇部新川発の22時台以降の列車を廃止
2003年 小郡が新山口に改称
2007年 乗降客の減少が著しく、1965年比85%減まで落ち込む
2009年 合理化により、宇部新川鉄道部が廃止され山口地域鉄道部に統廃合
2012年 宇部市の「駅業務の簡易委託」予算廃止により宇部市内の中間駅の有人駅は
     宇部新川のみとなる。
      ※2019年7月現在、阿知須は山口市が簡易委託受託中(有人駅)
2013年 合理化により、宇部新川発宇部方面の便が、1日7便の大幅減便
2019年 この20年間で乗降客が半減になる。




≪小野田線について≫
JR小野田駅から旧市内の中心である南中川・南小野田・小野田港を通り、宇部線居能駅までをつないでいる。 列車は、全列車が宇部新川駅まで直通している。

途中の雀田駅から長門本山駅へ分岐する支線(本山支線)を持つ。
なお、2003年までは、旧型国電クモハ42により、運行され、朝・夕の1本ずつは、宇部新川駅まで乗り入れていた。

60年代までは石炭や石灰石や石炭輸送も盛んであり、旅客輸送も順調であったが、年々利用者が減り、相次ぐ減便とくに、2012年の大幅減便により、極めて利用が難しい状況に追い込まれている。

2013年に大幅減便された宇部線とともに、宇部新川〜小野田駅間の直通客対策として、時間帯によっては、両線が補完しあう体制となっている。

2019年1月15日に、宇部市が、宇部線・小野田線を廃止してBRT化すると表明。
宇部市長の記者会見時点では、山陽小野田市は協議に加わっていない。
2019年6月現在は、全列車がワンマン運行である。

1915年 小野田〜セメント町(現南小野田)
1929年 沖ノ山旧鉱(後の宇部港)〜新沖山間開業
1931年 宇部新川〜 沖ノ山旧鉱間開業
1937年 雀田〜本山(現長門本山)間開業
1947年 雀田 - 新沖山間が廃止
     小野田港〜 雀田間開業し、小野田線が全通
1950年 小野田港〜小野田間が電化され、これにより全線電化
1986年 居能〜小野田間の貨物営業廃止
1989年 宇部新川〜雀田〜長門本山間でワンマン運転開始
2002年 深夜時間帯の列車が廃止
2003年 雀田〜長門本山間の旧型国電クモハ42形の運行が終わる。
2009年 宇部新川鉄道部が廃止され、山口地域鉄道部に統廃合。
2012年 6便減便を実施、これにより日中は、3時間程度空白が生じる。
    本山線も減便により、1日3往復となり、実質利用不能になる。
2019年 1月15日、宇部市の久保田市長が、宇部・小野田線の「BRT化」を表明。






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